とある村の投資の話

順太研究員

 

珈琲村に駕籠(かご)で人を町まで運ぶ仕事がありました。駕籠に人を乗せて、「えいさ、ほいさ」と運ぶアレです。順太は駕籠担ぎの仕事をしていて、人を町まで運ぶ仕事にやりがいを感じていました。

珈琲村が発展するにつれて町まで駕籠に乗っていきたいというお客が増え、順太は1日に働く時間を8時間から9時間、10時間と増やしていきました。頂くお金は増えて嬉しかったのですが、それでも、増えていくお客さんの要望に追いつくことは出来ません。また働く時間を増やしていくと疲れもたまって、体が悲鳴を上はじめました。

「こりゃ、人を雇って駕籠をもう一つ増やさないといけないなぁ」

 

順太は村の長者さんのところにいって、人を雇って駕籠を増やすためのお金を借りられないか相談しました。

「構わないよ、順太。お金は貸してあげる。村の発展のためにもなることだし、金利は出血大サービスの3%でいいよ。その代わり、金利と元本返済のためにしっかり働いておくれよ

こうして相場の金利よりとても低い融資を申し出てくれた長者さんに感謝して、順太は喜んで家に帰りました。

 

そして、家に帰った順太は「計画通り駕籠をもう一つ買って人を雇い、マジメに働いて他人様のお役に立って、お金も返済していこう!」とアンパンを食べてお祝いしたのでした。めでたしめでたし… にはなりませんでした。

 

あれ?何か変じゃね?

 

「あれ?何かおかしくね?

長者さんはお金を貸してくれるけど、何もしなくても金利(不労所得)が手に入るじゃん。一方でこちらは、人を雇うというリスクを取って、その人が自分と同じようにマジメに働くか分からないし、駕籠2個分のお客(需要)があるなんて分からないじゃん。

仮に駕籠2個にしたことで仕事が失敗しても、借金は残って返済が残るだけじゃん。

なんで村のために勇気をもって駕籠を増やそうとする順太がリスクを沢山背負わされて、お金を持っているだけの人が安全に不労所得を得られるんだ?そりゃお金を借りれば駕籠を増やせるけどさ(金利の「経済成長加速」効果)、なんか馬鹿馬鹿しいや。

 

変にリスクを取るより、今のままの仕事を続けた方がいいじゃん。家族だって養う必要があるしさ。人並の賃金もえられるしさ。別に誰にも迷惑かけてないんだし、その方が賢いじゃん。何よりオレだって長者さんのように「お金」を貸し付けて不労所得を得る方が全然いいや!まぁ、庶民の順太には永遠に人に貸せるようなお金は貯まらないだろうけどね、エへヘ」

 

こうして順太は、自分の経済的安全を最優先に考えて、村のためになる!という考え方を封印(経済の停滞)しようと思いました。

 

村の絵描きさん&大阪の個メディアン 登場

順太は、駕籠を担いで村と町を往復する日々が続きます。

ある時、駕籠を羨ましそうに見つめる村の絵描きさんを見つけました。絵描きさんは、いつも町まで絵具を買いに行っているそうです。でも最近足を怪我してしまって歩いて行くことができず、駕籠に乗って行きたいんだけど、私には贅沢なんだよね、と寂しく笑っていました。

村の発展とともに駕籠に乗りたい人が増えたので、駕籠の乗り賃が従来より格段に上がっていました。乗り賃の上昇と共に順太の収入もそこそこ上がっていたのですが、「自分だけが良ければOK」という状態に、何となく居心地の悪さも感じていたのです。

 

 

「やっぱり、何かがおかしい」

順太は考えました。以前から大きな町には「乗合いバス」という大勢の人を乗せる乗り物があると聞いていました。この「乗合いバス」が珈琲村にあれば、この状態が改善されるんじゃないだろうか? でもそんなバスを買うお金なんて、駕籠をもう一つ買うどころの話ではありません。庶民の順太には到底借りられるような金額ではありませんでした。

 

そうやって考え続けるうちに、昔、寺子屋で習った「投資」を思い出しました。

そうだ、『投資』なら上手くいくかもしれない。
村の役に立つ、自分の夢(事業計画)と自分の仕事ぶり(経営能力)を説明してお金を集めるんだ!このお金は長者さんからの借入と違って、乗り合いバス(事業)が上手くいけばお金を出してもらった人(投資家)に金利以上のお金をたっぷり還元するし、上手くいかなくて大損しても、お金を返済しなくてもいいんだ(利益と損失の分配)」

 

順太は日本有数の大きな町「大阪」に行きました。

「なんや順太やないか。え?乗合いバス?大阪にはフツーにあるで」
大阪の個メディアンさんは「乗合いバス」について親切に教えてくれ、お金をだしてくれそうなシャチョーさんも紹介してくれました。

「なんや面白そうやな。順太を応援したるで!お金はあんまり持っていないけど、順太の夢に一口くらいなら乗ったるわ。失敗したらしゃーない。でも上手くいったら、ワテにもいっぱい稼がせてな」

 

こうして… この後も様々な苦難や紆余曲折がありながら… 珈琲村に「乗合いバス」が誕生しました。駕籠よりも早く、そして安く大勢の人が町まで往来できるようになったのです!

 

 

往来だけではありません。乗合いバスを運営するには運転手さんや車掌さん、保守の人といった多くの人を雇う必要があったので、珈琲村の中に今までにはなかった仕事も出現しました(雇用の創出)。

 

今度こそ、めでたしめでたし… にはならず、続きます。

 

村人からの不満

乗合いバスが出来て順調に運営が始まって、しばらくした後、順太は珈琲村の人々から文句を言われるようになりました。

「あんたは駕籠で汗水流して働いていた頃より儲けてずるい。労働のなんたるかを分かっていない」
「俺は知ってるぞ、大阪の商人に多額のお金を送って上手い事やってるんだろ」
「儲けているんなら、もっとバスの運賃を下げたり、雇っている人の賃金を上げるべきだ」

順太は反論します。
「いや、あれは最初からの約束で…」
「そんなにイヤなら、バスに乗らなきゃいいんじゃないですか?」

「言い訳はたくさんだ! 俺達は知っているぞ、お金持ちになったヤツはみんなそうだ、俺達が知らない金儲けの方法があって、ずる賢くやっているんだ。そして俺達庶民から搾取しているんだ!」

 

何を言っても「自分達は正しい。庶民の生活が苦しいのは自分達のせいではなく、他人のせいだ」という考えがあって、自分達の勉強不足・知識不足を認めません。それどころか、すぐに感情論になって話合いにすらなりませんでした。

 

庶民って何なんだろう?

そんな様子を見ていて、村の長者が順太に話しかけてきました。

 

「分かっただろう、順太。

庶民と自称する人々の自分勝手な姿を。彼らは『汗水流して働いて賃金(給与)を得る』ことしか知らないので、それが一番尊いと信じて疑わない。汗水流して働くことはもちろん尊い。職業に貴賤はない。だた、労働対価には相場がある。それは価値の提供と労働時間の提供の差だ。代わりに誰でも働ける仕事は相場が安くなる。当たり前の話だ。

駕籠で働く時間計算の労働と、他人様に乗合いバスの便利さ(価値)を提供しているという意味の差を理解出来ていないんだ。あるのは、自分より労働時間が少ないのに多くのお金を得ている人に対する際限ない嫉妬だ。

だから「乗合いバス」が上手くいかなかった場合の事業リスクをとった順太を理解しようとしないし、「乗合いバス」事業の損益とは無関係に、働いた時間分だけ自分の給与が支払われるのが当然だと主張する。事業損益なんか知らない、投資利益の還元より自分たちの賃金を上げろ!と叫ぶんだよ。」

 

「順太はよく言っていたよね。
日本の社会システムは素晴らしい。誰でも病院に行けて、年金制度もある。失業率が低いから治安もいい。生活保護のようなセーフティ・ネットもある。こんな国は世界中どこにも存在しないって。なのにメディアは日本社会を辱めるようなニュースしか流さないって。

ただその社会システムの維持には莫大なお金(税金)が必要だ。その話を庶民にすると、日本の財政赤字は『国や国会議員や公務員の無駄使いのせい』というおなじみの感情論セリフが返ってくる。そんなの嘘っぱちで、無駄遣いの影響なんて仮にあったとしても全体感からすれば微々たるものだ。赤字の原因は、膨大な年金と医療費負担を社会が担っているせいなのは明白なのに。」

 

「日本の税体系では、納税額上位者20%で税収全体の80%を賄っている状態になっている。言い換えると、上位20%に該当しない下位の納税者80%は、税収全体の20%しか納税していない。

病院・年金制度や学校・警察・消防・防衛・道路といった社会システムから多大な恩恵を受けていながら、80%の人はタダ乗りに近い税金しか納めていない勘定になる。しかもこの社会システムの維持には現在の税金だけじゃ足りないので将来世代の税金(国債収入)にツケを回して自分達が恩恵を謳歌している有様だ。こんなタダ乗り状態の人達にかぎって生活保護を受けている人々を攻撃したがる。『自己責任だ』と言ってね。

この状況を改善しようとして、医療費負担の引き上げや年金給付金額の引き下げを提言すると『改悪だ!金持ちばかり優遇して庶民を切り捨てる腹だろう!』と声をあげる。それだけじゃない、『今のままじゃ足りない、もっと寄越せ』のオンパレードだ。」

 

 

「社会システムから自分が払っている税金以上の恩恵を受けていながら
『もっとお金持ちから搾り取れ!』
『政治が悪い、国が悪い、金持ちが悪い』
と叫ぶんだ。

自分達は慎ましく生活していて、お金には清廉潔白だし税金もルールどおり払っている。だから正しい。そうやって悪いのは国や金持ちといった他人だと本気で信じている。一部の特殊例を恣意的に取り上げ、誇張して流すマスメディアにも責任はあるだろうけど。

今の日本のお金持ちという存在は、統計が示しているように、親からの財産を受け継いだ人達ではない。リスクを取って苦労し、夢を追いかけて社会に貢献しようとしてきた人々が大半を占めている。」

 

「庶民というのは、自分たちはリスクを取って苦労するのを避けて、リスクを取ったお金持ちが作った雇用の中で従業員という立場で安定した給料を稼ぎ、少ない税金納付と引換えに多大な社会システムの恩恵を得ながら、自分に都合の悪い結果は責任転嫁して他人様のせいにする人々の集団とも言えるんだ。都合が悪くなると、すぐに自分たちを弱者扱いする。ただ、萎縮してリスクを取ることを避けている現在の日本経済では、今後どこまで安定した雇用を維持できるのか、誰も分からない。

 

皆、薄々その事実に気付いているので、「不労所得」「儲かる利殖」によって自分の身の安全を図ろうという人が多くなっている。社会のためになるビジネスを応援する「投資」でなく、「利殖」だ。そこには、「何かの金融商品を買って、値上がりを待つ」ことが投資だという誤解が蔓延しているんだ。そんなもの、競馬やパチンコと本源的には変わらない。「投資」と違って何らかの社会的価値を創出するものではない。

 

反対に「損をするのは絶対イヤ」といって利殖と投資を混同して投資から目を背け、他人の応援や社会システムへの貢献をしないで自分の利益だけを求める人もいる。自分の生活で精一杯だからと言い訳してね。そういう人は、投資ではなく、預金利息とか絶対損をしない「不労所得」しか目にはいらないんだ。

 

社会システムから恩恵は目一杯受けている一方で、社会システムへの貢献は拒否する。

強欲そのものだと思わないか?

 

 

もっと強欲な順太

「長者さん、そうですね、よく分かります。

でもですね… 今の時代は大きなチャンスだと思うんです。

 

全世界的な低金利状態というのは、世の中にお金が有り余っているという状態です。これまで資本主義経済モデルが経済成長を加速させてきましたが、お金(金利)主導によって経済成長する余地が少なくなり、社会主義経済モデルを駆逐したハズの資本主義経済モデルが曲がり角に立っていると思うんです。

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教といった多くの宗教は「金利」を戒め、否定してきました。「金利」は経済成長を加速させるけども、持つものと持たざる者、貧富の差を拡大させ社会共同体を弱体化させることを経験則で知っていたからです。商業が発展し、特に産業革命がおこった時代にユダヤ教やキリスト教は経済優先で金利を解禁しましたけどね(笑)

 

今、ようやく社会は「お金」以外の幸福を求める軌道修正の時代に差し掛かっているのかもしれません。でも、その軌道修正までまだまだ時間がかかりそうです。

その時代がくるまでは、投資であれビジネスであれ、「お金」の扱いを誤って自分の夢を抑制するようなことはしたくないし、そうならないように他人様を応援したいんです。」

 

「そんな理想論、苦しくなるだけじゃないか?
大金稼いだら、とっとと早期引退してラクした方が幸せじゃないか?」

 

「それにですね、順太もまだまだ庶民なんです。最近そう言うと、
『どうせお前なんか庶民の気持ちなんか分からない』
みたいに悪評もたつんですけど(笑)
もっと社会システムに貢献できるように稼ぎたいです。きっと一番強欲なんですよね」

「ふふん(笑)強欲よのぅ」

 

 

…とある村の投資の話でした(^^♪

 

 

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